18歳から人生が始まった

ゼロからアルゼンチン移住を目指すニート男の人生を現在進行形で実況します。自分らしく自然な姿で生きたい。

僕が日本人英語学習者同士で英語を勉強したくない理由

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僕はとある大学の外国語学部に通っていました。

 

英語の授業中は全員英語オンリーで、質問とか何気ない会話とか、授業のアクティビティもすべて英語でやらなければなりませんでした。もちろん先生も英語ネイティブです。

 

英語を話すための練習としてはいいと思うのですが、僕はこの日本人同士で英語を話すというのが正直嫌でした。

 

これは僕が大学を辞めた理由のひとつでもあり、ずっとこの環境にいることは僕にとってなかなかきついなと薄々気づいていました。

 

そこで、僕が日本人英語学習者同士で英語を勉強したくない理由を、僕の大学生活の話を交えて話していきます。

(長いので目次↓)

 

細かいミスをいちいち指摘されている気がする

 

例えば語順を間違えたり、単語を間違えて使ったり、文法を間違えたり、細かいミスでもいちいち指摘されている気がします。気がしますというのは、相手が実際にそう思っているかどうかは別として、自分は指摘されている気がするという意味です。まあ自分が勝手に思い込んでいるだけなのかもしれませんが。

 

直接指摘はされないんですが、相手と話している時に(あっ、こいつ今ここ間違えたな...)って思われるのがすごく嫌です。日本人によくある、相手のミスをわざわざ見つけ出して叩くアレに似ています。

 

だから間違えないように神経使って英語を話していたんですが、これでグループアクティビティをしたり、話したりするのはやはりきついです。進級していくにつれて授業は少なくなっていくものの、この生活が4年続くと思うと結構きついと感じていました。

 

だからあんまり英語で発言はしたくなかったし、どうしても発言しないといけない場面では最小限の発言だけしたり、簡単な文法を使って話したりしていました。

 

僕はうまく英語で説明できないときは頑張っていろいろ英語を並べて説明しようとする(したい)のですが、この時は文法とかは結構適当で間違いも多いです。それでも相手が理解できる程度の文法は出来ていると思います。

 

日本の英語のテストで答えたらバツになるような文法事項も、ネイティブに話せば全然通じるものも多いと思いますし、コミュミケーションをとるという点においては十分だと思います。むしろネイティブからすれば間違えるのを恐れて話すのをためらう方がよっぽど不自然なんじゃないかとさえ思います。

 

そうやって頑張って説明すれば相手が理解してくれそうなことも、文法的に間違えないように気をつけながらやると全く説明できません。こういうのが嫌だったんです。

 

日本語ネイティブの僕達だって、難しいことを説明しようとすれば無意識的な文法ミスがどこかしら出るはずです。にも関わらず、英語を話すときに限ってここは間違ってるだのそうじゃないだのいちいち指摘されている気がして、自分らしく英語を話すことができなかったんです。

 

例えば、Is that movie interesting?(その映画は面白いですか)という文法的に正しい文を、Dose that movie is interesting? と言ったとします。文法的には間違っていますが、言いたいことは十分伝わるんじゃないかと思います。

 

でも、これを日本人に言ったとしたら、そこはそうじゃないだの、文法が間違ってるだの思われるんでしょうね。

 

そもそも完璧な文法で話すことなんか不可能なのにわざわざ指摘してくる気がして、自分が話したいように英語が話せなかったんです。外国語学習者なんだから、ちょっとくらい間違えたってよくね?相手が理解できれば問題なくね?まだ上達の途中段階なんだから話していくうちにできるようになれば別によくない?そう思わない?

 

努力を馬鹿にする風潮

 

さっきの話と少し被りますが、日本人英語学習者に頑張って英語を並べて説明しようとすると、「こいつめっちゃ頑張って説明するじゃん(笑)」みたいに思われそうで嫌です。なんかなんとなく馬鹿にされているというか、「随分必死だなぁ」と少し嘲られている感じがします。まぁこれも思い込みなのかもしれないですが。

 

日本人ってなんか努力している人を馬鹿にする風潮がありますよね。将来の夢を語ると、「そんなの無理だろww」とかいって馬鹿にするクズに出会ったことがある人も結構いると思います。んで夢が叶ったら手のひら返しみたいなね。

 

同じように、英語を話せるようになりたくて頑張って英語で伝えようとしているのに、それをなんだか冷たい目で見るような感じがするというか。

 

こういう人に限って同じように自分が説明しなければならない立場になった時にうまく説明できず、逆に必死に伝えようとして馬鹿にされるのが嫌だからそれとなくごまかしたりするんです。

 

もしクラスで必死に英語で何かを伝えようとする人がいたとしたら、実際に説明されているときはあまり意識していないのかもしれないけど、後で別の友達と日本語で喋る時に、「あいつっていっつも必死に訴えかけてくるよねww」とか、「ちゃんと喋ってくれないとわかんねーよww」と影で言われていることでしょう。本人がいないところで何かとその人の話をすることが多い日本人ならこんな情景は容易に想像できます。

 

そのくせ英語がペラペラの人を見て、「かっこいいなぁ///」なんてやってるんだからもうたまったもんじゃないです。

 

英語が話せる人をかっこいいとか言うくせに、英語を話そうと頑張っている人を馬鹿にするのはホントどうかと思います。

 

「キャラ」を守らなければならない

 

ある程度仲良くなったりしてその人がどういう人間なのかということをある程度理解すると、つい「キャラ」というわかりやすい形で人を決めてしまいがちです。

 

日常生活は日本語なので、周りの人は日本語を話す僕を基本的なキャラと見なします。

 

そこで、日本語を話す僕と英語を話す僕に差が生じた際に周りの人は多少違和感を感じるはずです。僕は日本語を話すときより英語を話すときの方がほうが多少明るい人になっていると自分で思っていますw

 

でもそれは英語を話すことが楽しいと感じるからで、本当はもっと明るく振舞って楽しく英語を話したかったし、そっちのほうが自分自身でももっと学校も楽しめたはずです。

 

でも、キャラがある程度決められてしまうと、そのキャラからはみ出た時に「お前はそういうキャラじゃない」とか、「あの人ってこんなキャラだったっけ?ww」なんて思われたりもします。

 

つまり、自分が話したいように英語を話すこと、自分が振舞いたいように英語で振舞うことができなかったんです。そこで違和感を感じたり、窮屈な思いをしたりすることがありました。

 

キャラを守らなければならないということは、自分が振る舞いたいように振舞うことができない時もあるということであり、これは僕が長い間引っかかっていたことでもあったわけです。

 

外国人の外国語学習者なら「言葉の壁」が理解できると思う

 

外国人の外国語学習者との英語学習なら、下手な言葉遣いでも相手が何を伝えようとしているのかを理解しようとしてくれるはずです。それは、慣れない外国語で物事を伝えることがどれだけ大変かということを理解しているからです。

 

たとえ文法や単語が間違っているとしても、要するに何が伝えたいのかということに焦点を当て、少なからず理解する姿勢を見せてくれるはずです。

 

外国人の外国語学習者の多くは、この「言葉の壁」を理解してくれている人が多いと勝手に思っているので、相手の立場になって何が伝えたいのかを考えられる人が多いんじゃないかなと思います。もちろん全員がそうとは限らないことは知っています。

 

なら、わざわざ細かいミスに心の中でツッコミを入れて、必死に伝えようとする姿勢を馬鹿にするような日本人英語学習者と勉強するより、英語ネイティブの外国語学習者に英語教えてもらえばいいじゃんって考えになるのは当たり前っちゃ当たり前ですよね。

 

日本語で話せてしまう

 

日本人英語学習者同士で英語で話していてわからないことがあった時に「それなに?どう言う意味?」「~~だよ。」「へー。」なんて簡単に日本語で聞けてしまいます。また、自分が英語で説明できない時に、つい日本語に頼りたくなってしまいます。

 

「これって英語でなんて言えばいいんだろうな...えっと...」って考えている時、そして、なんて言えばいいかを英語で理解できた時が一番英語が上達する時なんじゃないでしょうか。でも「これって英語でなんて言えばいいの?」と日本語で聞いてしまうと、その英語が印象に残りづらくなってしまいます。

 

いざという時に日本語が使える環境に慣れてしまうと、本当に日本語が通じない環境になった途端に、わからないことを質問しても理解できなかったり、英語で説明ができなかったりします。

 

そうなると、焦って何も言えなくなってしまったりしてコミュニケーションが取れなくなってしまいます。

 

日本人英語学習者同士でも構わず英語で話し続ければいいじゃんと思うかもしれませんが、さっきも言ったように必死こいて理解しようとしたり説明しようとすると馬鹿にされている気がして嫌なんです。

 

英語を日本語で学習することが悪いとは言いませんが、結局実践的な英語力を身につけるには、英語で理解し、英語で説明するというように、英語を英語で学ぶのが一番だと考えています。

 

まとめ

 

 僕が日本人英語学習者と英語を勉強したくない理由を思い込みばかりで説明しましたが、結局一番嫌なだったのが自分が話したいように英語が話せないということです。

 

僕が周りの目を気にしすぎているだけなのかもしれませんが、自分を制限して自然体で生活することができないのが嫌で窮屈に感じていたことが何度もあります。

 

だからもっと、自分が話したいように英語が話せる環境で勉強したい、上達したいと思っていました。

 

大学に残っていたとしても、自分が話したいように英語を話せない環境にずっといて上達するのかと考えてみると、そうとも言い切れないんじゃないかってちょっと思っていました。それに楽しく勉強できるわけでもないことも考えるとちょっとなー。なんかなー。

 

 やっぱり僕は英語ネイティブに教えてもらうほうが自分らしく、楽しく英語が勉強できると思います。

 

超主観的な考えを激しい思い込みと一緒にだらだら書いてしまいましたが、言いたいことはだいたいこんな感じです。