18歳から人生が始まった

ゼロからアルゼンチン移住を目指すニート男の人生を現在進行形で実況します。自分らしく自然な姿で生きたい。

【不合格体験記】早稲田大学を志した僕が落ちるまでの全記録

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(※非常に長い記事になっています。20分くらいかかると思ってください)

 

受験生の多くは合格体験記というものを読んだことがあるのではないでしょうか。

これに影響されて「私でもやれば受かる!」「努力すればきっと大丈夫!」なんて自分を鼓舞している人もいるかと思います。

それはそれで別にいいと思いますが、一部の成功者の背後には、多くの失敗者がいるという事実も認識しなければなりません。

 

そして、その失敗者の一人が僕です。

 

僕は早稲田大学を志し、受験に失敗しました。

 

数ある合格体験記と同じように、僕の不合格体験記をストーリー形式で紹介したいと思います。

 

受験生のみなさんの参考になれば幸いです。

 

高校2年 11月

 

 クラスが何となく受験ムードになってきた。

「第一志望どこにした?」「もう勉強始めてる?」などという会話を聞くことも多くなった。

 

実は僕はクラスでも上位を争うくらいのクソ馬鹿で、模試の点数の低さでは誰にも負けなかった。偏差値30前半は平常運行である。

 

そんな僕でも将来のことはちゃんと考えている。

僕は中学から英語が好きだったので、英語が勉強できる大学に行こうと考えていた。

 

そして決めた第一志望は、獨協大学だ。

語学の獨協と呼ばれるくらい外国語が強い大学で、この大学の外国語学部に入って英語を勉強しようと考えた。

まだ完全に決まったわけではないが、このあたりを狙うことにした。

 

そして、いよいよ僕の受験生活が始まった。

とは言ってもまずは期末テストで点数を取らなければいろいろとまずいことになるので、私文専願だったが数学から勉強を始めることにした。

学校で配られた演習問題集や教科書を参考にしつつ、1日1時間程度から勉強を始めた。

 

 ー冬休みー

 

部活には入ってはいるが、面倒でもうほとんど行っていなかった。

 

午前中はずっと寝て、昼頃に起きてから3時間、夜に2時間で1日5時間程度、基本的なことから勉強を始めた。

簡単な英単語や英文法、日本史の一番最初の部分、漢字の書き取りなど、コツコツと基礎を自分のものにしていった。

 

春休み

 

 順調に勉強時間を伸ばし、この頃には1日9時間は勉強していた。

それでもまだ時間に余裕がある。焦らず着実に勉強時間を伸ばしていこう。

 

まだまだ基礎固めの時期である。早く難しい問題を解いていきたいが、焦りは禁物。基礎をおろそかにしてはいけない。

こういうところをないがしろにすると後で困るのは自分だ。

 

高校3年、1学期

 

 

日本史選択で私文専願のクラスに入った。

まだ受験勉強を始めていない奴も結構いる。ここでスタートダッシュを決めておくと後々有利になってくるはずだ。

ペースを緩めず、着々と勉強を進めていこう。

 

ある日、僕は第一志望を中央大学文学部に変えた。

ろくに調べもせずに、「英語が勉強できるんじゃね」くらいのテンションと、キャンパスが広いからというしょうもない理由だ。

1年の時に行ったオープンキャンパスで、キャンパス内にある丘で大学生がキャッチボールをしているのを見て、「楽しそうwww」と思ったのが主な理由だった。ほんとしょうもないが、ちゃんと目指している。

 

そしてその約1ヶ月後、友達のYとこんな会話をする。

 

Y 「お前第一志望どこ?」

僕「中央文目指してる。お前は?」

Y 「早稲田教育(学部)」

僕「おおー、すげーな。早稲田じゃ勉強きついだろうなー」

Y 「いやーきついよ。いやでも俺はお前ならもっと上の大学行けると思うけどなー」

僕「マジでー?早稲田とか?」

Y 「うん。一緒に早稲田目指さね?」

僕「んー。早稲田かぁ...」

 

少しの間悩んだが、その期間僕は何を思ったのか、中央くらいなら案外行けてしまうのではないかと感じた。MARCH逆転合格といった体験記も世の中にはいっぱいある。

 

実際僕は高校受験で逆転合格を経験していたのだ。

そのこともあってか、少し中央大を甘く見ていたのかもしれない。

 

結局どうするかしばらく悩みながらも早稲田の情報を調べていると、「国際教養学部」という学部を発見した。

この学部には、英語漬けの日々、多くの外国人留学生、1年間の留学義務など、僕の望んでいる全てが存在する理想の世界だった。

 

これだ。これしかない。

 

僕はここで第一志望を早稲田国際教養に決めた。

しかし、この選択が後々僕を苦しめることになる。

 

どうやらこの学部は今年から入試制度が変わり、英検の級がそのまま英語のテストの点に加算されるらしい。

 

となればまずは英検だ。僕は2級を受けることに決め、早速対策に乗り出した。

もちろん他の科目も勉強しなければならないが、この時期は特に英語に力を入れた。

 

そして、迎えた英検2級の筆記試験。

リスニングは全然できなかったが、思ったよりも点数が高く、無事一次試験合格。

そして、二次試験も約1ヶ月後に行い、なかなかうまくいった。結果は、

 

不合格

 

ショックだった。うまく受け答えできたはずなのに。

 

しかし、落ち込んでいてもしょうがないのでここは気持ちを切り替え、また勉強を始めた。

 

4月~夏休みまでで基本的な英文読解を始め、英文解釈、現代文読解、古文単語、などいろんなジャンルの勉強をしていった。

模試の点数も少しずつ、緩やかに伸びていった。

 

夏休み

 

ついに来た。

受験の登竜門。ここで人生が決まるといっても過言ではない。本気でやる。

 

宣言通り僕は本気で勉強し、いつの間にかただ勉強とご飯と睡眠だけを繰り返す毎日になった。

 

この夏で基礎固めは終わりにし、夏休み明けから実践的な問題に移れるよう基礎をガチガチに固めることを意識して勉強を進めていく。

レベルは少しずつ上がって行き、センター過去問にも少しは対抗できるくらいになった。

これくらいのレベルになってくると応用問題を少しかじってみたくもなるが、 勉強の効率が上がらないと考えたため、応用問題は全然解かなかった。

 

しかし、夏休み中に学校で模試が2回あるが、どちらも偏差値はあまり伸びていなかった。

正直イライラしたが、そんなことを思ってもしょうがないので、ここはまた気持ちを切り替えて勉強した。

周りも思ったより伸びてない奴がいたり、逆にいきなりいい点を取るような奴も現れてきて、心が一瞬乱れた気がした。

模試で偏差値が伸びない度にさらに気合を入れ直して勉強し、自分に厳しくしていった。

 

こうして夏休みの約1ヶ月は平均12時間勉強する生活を続けた。

 

2学期

 

「夏休みもっと勉強すればよかった...」なんて言って後悔している奴もチラホラいたが、僕は勉強量では満足のいく夏休みになったと思う。

夏休みをうまく使えたというのはここから大きな差になってくるに違いない。よくやった自分。ナイスだ自分。

 

しかし、勝負の登竜門を超えてからが本当の勝負だ。ここで気を緩めてはいけない。入試なんてあっという間だ。

 

僕は今までのペースを落とすことなく勉強を続けた。ここから偏差値が伸びることを期待して。

 

しかし、先生の「これから伸びる」という言葉とは裏腹に、偏差値は思うように伸びない。本当に大丈夫だろうか。

なんて弱気になっていてはいけない。今できることはひたすら勉強することだけだ。大丈夫。僕には「夏休み」という蓄えがある。

 

そして、10月の河合全統記述模試で自身最高の偏差値64.8を叩き出した。

やった!めちゃめちゃ嬉しかった。キタキタキタ!やっと伸びてきたぞ!

 

それでも判定はDである。

でも逆に今までE判定以外は出たことがなかったからDでもまあまあ嬉しかった。

 

同じ時期に、2回目の英検のチャンスがやってきた。成績として大学側に送ることができるのは今回が最後だ。ここで不合格になったら詰む。

 

一次試験は前回合格しているので、二次試験だけ受けることになる。

待ち時間はいろんな感情が入り混じっていたが、前回よりリラックスすることを心がけて試験に臨んだ。特に笑顔は重要な要素だと聞いたので、その点は注意した。

 

......

 

 

試験終了後、正直これ大丈夫か?と不安が頭をよぎった。

というのも前回よりうまく受け答えができなかったのだ。やばい。笑顔で話すことは意識したが、本当に大丈夫だろうか。

まあ落ちても早稲田諦める気なんてさらさらないので、英検の加点なんか無しでも特攻してやるよくらいの気持ちが僕にはあり、不安ながらも強気だった。

 

そして結果が帰ってきた。結果は、

 

合格

 

よかったぁぁぁぁ。

ホッとした。本当によかった。

2級の合格点は大幅に超え、準1級合格ラインあたりまで点数が取れていた。なんだ、そんなに心配する必要なかったんじゃん。笑顔最高。

 

さて、これからはまた普段のペースで勉強していく。

 

ある日学校で、Y君が「早慶オープン模試」を受けるという話をしてきた。

名前のとおり、早慶を狙うハイレベルな受験生が集まる模試だ。その分、問題の難易度も馬鹿にならない。

当然僕も受けることにした。

勝負の日は11月23日。それまではできる限りの対策をする。

 

この時点で僕はMARCHクラスの参考書は終わらせ、早慶レベルの参考書を解き始めていた。

 

11月23日

 

ついに来た。

 

入試本番ではないが、会場の雰囲気はまさにそれそのものだった。

見るからに頭が良さそうな奴、参考書にえげつない量の付箋が貼ってある奴、いろんな奴がいた。

 

僕とYは早めに会場に到着したため、用意されていた自習室で少しだけ勉強した。

まだ曖昧な英単語や日本史用語を確認しつつ、その時を待つ。日本史は最後の最後まで点数が上がる可能性を秘めている。

 

そして、ついに時間になった。

試験会場に移動、自分の席を探し、着席する。

会場にいる奴がみんな頭良さそうに見えるというのはよく聞く話だが、今までの僕の勉強量を考えたら別にそんな風には見えない。こいつらは僕よりも勉強していない。

 

隣の奴がチラチラこっちを見てくる。まぁその気持ちもわからなくもない。周りのことが気になってしまうのはある程度仕方がないことだ。

 

慣れない環境でいかに自分のパフォーマンスが出せるかが勝負の鍵を握ることは知っていた。

だから僕は学校に一度も持っていったことはないが、今まで家でずっと一緒に戦ってきた1本の金色のシャーペンを持ってきていた。

僕はリラックスして、でもミスはしないように、最高のパフォーマンスを出せるよう気持ちを整えた。

大丈夫。既に早慶レベルの問題は解いてきている。いける。

 

そして、試験開始のチャイムが教室に響き渡った。

 

......

 

 

会場で聞く最後のチャイムが鳴り、試験は終わった。

 

とてもじゃないけど無理だ。

問題量はとてつもなく膨大だった。まず時間内に解き終わらない。あと10分あっても解き終わる気がしない。日本史が解き終わらないなんて初めてだ。

 

国語の問題の難易度、英文量の膨大さ、日本史の細かい用語、全てにおいて今までの模試とは明らかに次元が違う難易度だった。

僕はこの模試で盛大に返り討ちにされたのだ。

 

結果は3教科合計で4割前後。ボロボロだった。

でもこの模試は実際の入試よりも明らかに難しいらしく、点数が取れなくても過度に落ち込む必要は無いとのこと。

さらに、英作文でなぜか満点が取れたのだ。

この2つが僕の気持ちを少しだけラクにしてくれた。

 

気持ちの切り替えは受験生にとって重要な要素である。今回もあまり気を落としすぎず、すぐに気持ちを切り替え、冬休みまで全力で勉強に入り浸った。

 

2学期の終盤で既に1000文字超の超長文や、早稲田の国語過去問を解いたり、通史を4、5周終わらせたりといった具合だった。

それでも全体的に偏差値は伸びておらず、学校で半泣きになったりもしたし、終盤は徐々に疲れが見え始めた。

 

クラスの中でも勉強はトップレベルで進んでいる方だが、実際に入試で戦うのはクラスの奴らではなく、早稲田受験生である。

浮かれている場合ではない。もしかしたらこれでも遅れているのかもしれない。

僕は自分に一切の妥協を許さず、勉強の手を緩めなかった。

 

冬休み~年末

 

この長期休暇でいよいよスパートをかけていく。もう時間があまりない。

ここで一気に差をつける。夏休みにあれだけ頑張れたなら大丈夫だ。

 

しかし、ここに来て勉強時間があまり伸びない。

自分では普段通り頑張っているつもりだが、7~9時間程度にまで落ち込んでしまった。

このままじゃまずい。差をつけるどころかむしろ差をつけられてしまう。一気に不安や焦りで押しつぶされそうになる。

 

そんな気持ちとは裏腹に、勉強時間が思うように伸びない日々は年末まで続いた。

今思えば、これは心が壊れ始めたサインだったのかもしれない。

 

......

 

 

外から花火の音が聞こえる。年が明けたようだ。

世間のお祝いムードの中、僕の心は暗かった。

 

このままじゃ絶対にまずいことは百も承知だ。ここまで来て諦めてたまるか。

1月1日からは超本気でやる。もう絶対に妥協は許さない。甘えんな。

 

僕の意思は固く、本気の目をしていた。

 

深夜0:10分頃、僕の1番好きな洋楽「Carly Rae Jepsen & Owl city - Good Time」を聞いて、ベットに入った。

 

待ってろ早稲田。

 

年始~冬休み終了

 

やるよ。自分で決めたことだもん。絶対に妥協しない。

 

宣言通り、僕は生きるための活力を全て勉強に注いだ。

つらい。死にたい。つらい。

そんなことを思いながら勉強する日々だった。つらくて泣きながら勉強する日もあった。

 

しかし、僕が早稲田を本気で狙っていることは家族の誰にも理解してもらえなかった。それこそ、受かったらラッキー程度に考えていて、本気で応援などしてくれなかった。もう相談するだけ無駄だ。

 

それでも早稲田に入りたい。死んでもいいから早稲田に入りたい。その気持ちだけで僕は勉強を止めなかった。

 

結果、1日13時間の勉強時間を確保し、心がボロボロになりながらもその生活を冬休みが終わるまで続けた。

 

冬休み明け

 

もう学校なんか行きたくなかった。時間の無駄。自分の勉強がしたい。学校のせいで落ちたらどうする。

そう思いながらも渋々学校に行き、つまらない授業を受けては家で猛勉強した。

 

もう滑り止めなどどうでもよかった。早稲田以外の大学などもはや眼中にない。

 

先生と面談をする度に「もうちょっとよく考えろ」と言われるのに腹が立った。正直無理だと思っているんだろう。

担任としては滑り止めでもいいから生徒を大学に放り込んで、自分の指導力が低いと思われないようにしたいんじゃないか?なんて考えてた。

 

こんなに頑張ってるのに、早稲田だけを目指してここまで来たのに、今更引き返すことなど到底できないし、するつもりもない。

滑り止めなんて受かったとしても絶対行かない。ふざけんな。

 

僕の考えていた滑り止めは、明治文法政GISだったが、先生の「もうちょっと下の大学も入れたほうがいい」という強い勧めに押され、若干心にも迷いが出た結果、神田外語大英米語も出願した。

神田外語大なんて無名Fラン絶対行かねーよ。そんなとこ行くくらいなら死ぬわ。

この時の僕は本気で死ぬ気だった。

 

明治と法政は本気で滑り止まる可能性を考えると現実味がないが、もう頭が錯乱してちゃんと考えていなかった。自分でも滑り止まる可能性はほとんどないことなどわかっていた。

 

僕は私文専願で、滑り止めもどうでもよかったため、センター対策はあまり力を入れていない。

その分早稲田対策にほとんどの時間と労力を注ぎ込んだ。

 

センター当日

 

試験が始まって数分後くらいは若干緊張したが、それ以外はいつも通りだ。時間配分とミスだけ気をつけて解いていく。

 

実は僕は明治文と法政GISのセンター利用で漢文が必要かどうかを把握していなかった。

もしかしたら必要かもしれないから念のため解いておこう。結局時間不足で全然解けなかったが、それくらいセンターなんて気にしていなかった。

 

結果は英語8割、国語6割、日本史7.5割と、いつもよりちょっと高いくらいでそこそこ満足していた。

 

よし、余分なイベントは終わった。本番はここからだ。

大本命の早稲田に向け、徹底的に弱点を潰し、過去問を解きまくる。

本当のラストスパート。ここで人生が決まる。最後まで突っ走るぞ。

 

センター終了後

 

本当は1月末まで学校はあったが、センターが終わってからは全く学校に行かなくなり、ずっと家で勉強していた。

入試本番まであと1ヶ月だ。ガンガン飛ばしていこう。

 

センター後も勉強のペースは落ちることなく、毎日過去問をガンガン解いていった。

赤本のコピーが遅い。早くしてくれ。

 

しかし、やってもやっても正答率はなかなか上がらない。

特に英語の難易度がかなり高く、正答率も上がらなければ、時間も足りていない。

 

なんでなんだ。間違えたところは復習してるし、英文だって意識して音読している。単語も吸収していってる。

なのにできない。逆にどうすれば解けるようになるんだ。

自問自答を繰り返しては問題点を改善していったり、戦略を立てて解いているのに、全く正答率は伸びない。自分の最善策が全く通用しない。

 

それでも諦めずに他の作戦を考えては実践し、試行錯誤しながら、どうすれば解けるようになるかを模索していった。

 

現代文も癖の強い問題で対策がしづらく、うまくコツが全く掴めずにいた。

小問11問中1問しか正答できない年もあり、さすがに心が折れそうになったが、心が折れたところで正答率は上がらないので、ギリギリの状態でなんとか耐えながら手探りで過去問を研究していった。

 

しかし、これだけやっても正答率は上がらなかった。

どうしてだよ。どうすりゃいいんだよ。どうしたらこんなの解けるんだよ。いや僕が頭が悪いから解けないのは知ってるし、解ける奴はちゃんと解ける。僕が悪いのはわかってるけど、それでもどうやったら解けるんだよ。これ解ける奴どうなってんだよ。どうすりゃいいんだよ。

自分が積み上げてきたものが全く通用しない。僕はこんなに無力だったんだ。

つらい。もう死にたい。早稲田行きたい。つらいつらいつらい。

早稲田にいる自分を想像する度につらい思いになる。理想と現実の乖離が僕をさらに苦しめた。

 

心はとっくの前に限界を迎え、精神もすでに崩壊していたが、そんなことを思っていても正答率は上がらない。

得体の知れない何かが自分を鼓舞し、もう訳がわからないまま気力だけで勉強していた。

 

......

 

 

もうすぐ1月が終わる。

僕はもう生きていなかった。

心は所在がわからず、精神も完全に崩壊した。発狂まで秒読みの状態が毎日続いた。

 

つらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつつらいつらいつらいらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい

 

頭の中はもうわからない。何を考え、何をしているのかわからない。何もわからない。何が何なのか。それが何なのか何もわからない。もう何もわからない。

 

とてもじゃないけどもう勉強などできる精神状態じゃなかった。僕は軽度の鬱病になっていたのだ。

勉強しようとすると体が拒絶反応を起こすようになり、あと一瞬のストレスで発狂してしまう。

 

僕は何もできない。でも早稲田に行きたい。

早稲田に行きたい。でもそれを保証する感情がない。

 

?。僕は何をしている?勉強しなくていいのか?

机に座るが、何もできずに席を外す。何度繰り返しただろうか。

 

ベットに腰をかける。

何もしていないのに心拍数が上がる。

机の横にあるカッターに視線が行く。なぜこんなに惹きつけられるのだろう。

 

どうやって生きているんだろう。何をして1日過ごしているんだろう。

ああ早稲田行きたい。

感情はないが、その気持ちだけがかすかに感じ取れる。

 

その日が勉強できる日かどうかは完全にメンタルに依存していた。

できない日は1分もできないし、出来る日でも過去問1科目分が限界だ。

 

そんな日々がしばらく続き、結局何もできずに私立入試本番を迎えることになる。

 

私立入試本番

 

受験校は、明治統一、上智イスパニア、早稲田国教の順にこの3つを受験する。

 

初戦は明治統一。

過去問なんて全然やってないが、前日に英語は解いてきた。確認程度である。

 

試験が終わり、その手応えは何とも言えなかった。というかもうそこまで意識がいかなかった。ただ日本史が難しかっただけ。

こんなことが言える立場ではないのかもしれないが、明治くらいなら受かって欲しい。

 

次は上智イスパニアだ。

まだ勉強できた頃にいくらか過去問は解いているが、ボーダーまではおそらく届いていないだろう。

 

試験が終わり、感覚としては微妙。多分落ちた。

でもそこまで気にしていない。もうそんな意識は僕に残されていない。

 

最後に大本命の早稲田国教である。

今までの努力はこの一瞬のためなんだ。

最後の方はあまり勉強できなかったが、それでも1年以上の努力の蓄積分がある。

今までの努力が自信につながる。

きっと大丈夫。自信持っていこう。堂々といこう。大丈夫だ。

 

当日の僕に不安など全く無かった。なぜかネガティブなイメージが全く湧いてこない。

試験会場では外国人の教授が英語で注意事項を話している。

これだ。これだよこれ!

理想の世界は遂に僕の目の前にその姿を垣間見せた。思わず笑みがこぼれる。

 

そして間もなく、英語の試験が始まった。

 

出題形式が大きく変わったが、これは以前から少し予測を立てていた。

例年通り英文量は膨大で、本番でも全然解き終わらなかった。

国語も根拠の無いふわふわした問題が多く、もう直感で解くしかなかった。

日本史はいくつか難問が散見されたが、比較的例年通りと言えそうだ。

 

試験中若干発狂しそうな時があったが、貧乏ゆすりで自分を誤魔化してなんとか耐えた。

 

......

 

 

試験終了のチャイムと同時に、僕の受験生活は幕を閉じた。

 

もう受かった受からないなんて考えていなかった。やっと終わった。疲れた。

 

お疲れ自分。

 

受験終了後

 

あまり明るい気持ちにはなれなかったが、とにかく今まではできなかったことをやりまくろうと思った。

夜ふかしやゲーム、YouTubeなど、いろんなことを自由にやった。

 

今までの自分の努力を参考書を見ながらしみじみ感じたり、意味もなく今年の試験問題を見返したりもした。

 

合格発表

 

ついに僕の人生が決まる瞬間がやってきた。特にワクワクもドキドキもしない。

 

センター利用から合否を確認していく。

 

まずは神田外語大だ。

こんなとこもはやどうでもいい。受かったとしても絶対に行かない。

こんだけ勉強したのにこんな大学とか、労力と結果が見合ってないだろ。

一応確認する。結果は、

 

合格

 

あっそ。

後日合格証明書が郵送され、親には「おめでとーーー!!!」と言われたが、ひやかしにしか聞こえない。

あまりにイラついて合格証明書を目の前で引き裂いてやろうかと思った。

 

次は明治だ。

多分落ちただろう。結果は、

 

不合格

 

そうか。うん。

 

法政GISなんてもう合否の確認すらしなかった。結果なんか見なくてもわかる。

 

そして、一般入試の結果が発表された。

 

まずは明治統一だ。なんとか受かって欲しい。結果は、

 

不合格

 

マジか。

まあ本気で受かるとは思っていなかったが、それでも若干ショックである。マジかー。

 

数日後、上智の結果が発表された。多分落ちたかな。結果は、

 

不合格

 

そうだよね。上智難しいもん。しょうがない。

 

その約1週間後、遂に早稲田の結果が発表された。

もしかしたらまぐれでも合格しているかもしれない。

合格体験記でよくある、絶対落ちたと思ったら受かった!みたいなのを少しだけ期待していた自分がいる。

いやまあそんなことは起きないだろうけど、可能性はゼロじゃないからもしかしたら...

いままで誰よりも頑張ってきたし、神は努力した人を見捨てないはずでしょ?

奇跡よ、起きてくれ。

 

合格発表は電話の音声で行われる。

必要な情報を入力し、操作を進めていく。

そして確認ボタンを押して、遂に合否が伝えられる。結果は、

 

「残念ながら不

ガチャンッッッッ!!!!

 

思わず勢いで電話を切ってしまった。

いや、でしょうね。

今まで努力した努力しないにかかわらず、入試本番で点数が取れた人が受かるんだから。

 

いや、もしかしたら聞き間違えかもしれない。最後まで聞けばもしかしたら受かっているかもしれない。

普通に考えてそんなわけないが、ダメ元でもう一回電話をかけてみる。

 

「残念ながら不合格です。」

 

やっぱりだめだった。

奇跡は起きなかった。努力は報われなかった。逆転合格はできなかった。

 

結局神田外語大にしか受からなかった。

はぁ......

もう死にたい。本気で死にたい。というか死のう。

 

僕は本気で自殺を考え始めた。

どうやったら苦しまずに死ねるかな。どうやって自殺しようかな。

飛び降りよりは首吊りの方が自分に向いている気がする。

場所はどうしよう。縄をどこに結ぶかが重要だよな。強度がある場所にしなきゃ。

 

 

自殺の情報集めのために訪れた掲示板では、多くの悲痛な叫びが妙な現実味とともに記されている。

自殺には思ったよりいろんな方法があり、なかなか勉強になる。

もう自殺者の画像を見てもなんとも思わない。

 

そうやって頭ではあれこれ考えるが、ホームセンターに縄を買いに行く気にはなれなかった。

仮にもし家に縄やその環境があったら、僕は本当に行動していたかもしれない。

 

......

 

 

決断の時は迫っている。

以前から、もし早稲田に落ちたら本気で就職する道も考えていた。

しかし、実際にその時になってみるとなかなかその気にならない。

事前に親と浪人はできないという話はしていたので、結局神田外語大に行くしかなかった。

それでも浪人を懇願した。こんな状態で浪人なんかしたらどうなるかわからないのに。

 

しかし、やはりダメだった。

その事実がまた僕を自殺へと駆り立てる。

本当に死にたかった。

 

こうして僕は、肉体だけが生き残ったまま神田外語大学へ入学した。

 

 

以上が早稲田大学を志した僕が落ちるまでの全記録です。本編はここで終わりです。

 

受験戦争を終えて

 

つらかったです。ひたすらつらかった。

これから先の僕の人生でこれよりつらいことってそうそうないんじゃないかって思います。おそらく大学受験が人生で一番つらい経験になったと思います。

家族にも先生にも小馬鹿にされて、ずっとひとりで、それでも必死に勉強して、結局受からないっていうね。孤独でつらかったです。

 

周りを見てみると案外余裕そうに振舞ってる奴とか結構いるんですよね。それで追い詰められている自分とのギャップを感じて複雑な気持ちになったりもしました。

 

どうして落ちたのか

 

自分ではこれ以上は勉強できないというくらい勉強しましたが、それでも合格はできませんでした。

どうして合格できなかったか後になって理由を考えてみましたが、特に明確な理由はないと思います。僕は僕ができるすべてをやりました。

 

唯一心当たりがあるとしたら、才能です。僕には努力する才能はあったかもしれないが、勉強の才能は無かったんです。

 

「努力に勝る才能はない」なんて言葉がありますが、正直に言うと努力は才能には勝てません。

いくら努力しても個人の力には限界があるし、限界なんてないという人もいるかもしれませんが、限界はあると思います。本当にもう手の施しようがないというところまで来たら限界なんじゃないかな。

僕はそうなるまで勉強しましたが、早稲田は僕の限界より上にあったんです。でも才能がある奴は早稲田なんて簡単に受かります。それが才能のある奴と無い奴の違いです。

 

受験生に言いたいこと

 

合格体験記は探せばいくらだって出てきますが、不合格体験記はそこまで多くないと思います。それゆえ、事実の明るい一面だけが強調され、そうでない部分はなんとなくぼんやりとごまかされています。

だから、「案外逆転合格ってできるかも...?」なんて思っている人は気をつけたほうがいいです。予備校やサイトは奇跡的に逆転合格を果たしたほんのひと握りの成功者を強調しているだけです。逆転合格ができたその人の他にも、同じく逆転合格を狙って失敗した人はゴロゴロいます。

「偏差値〇〇だった僕が、難関大に逆転合格!!」なんていうのは一部の特例だけを強調して、あたかも全員にその可能性があるように思わせる煽りです。

 

実際の成功者はほんのひと握りで、ほとんどは失敗者です。なのにこういう特例ばかりが強調されているので、自分でもできるなんて錯覚してしまうのです。

実際僕もそのひとりでした。逆転合格って、出来る奴は出来るけど、できない奴はいくら頑張ったところで出来ません。

 

自分ができる側のひと握りの人間だなんて思わないほうがいいです。いいですか?もう一度言います。逆転合格って、出来る奴は出来るけど、できない奴はいくら頑張ったところで出来ません。

奇跡は起こらないとは言わないけど、まず起こらないと考えた方が賢明です。

 

だからもしこの記事を読んだ受験生の人が本気で逆転合格を狙って背水の陣みたいなことをやってるようだったら、オススメはできません。僕みたいにただひたすらつらい思いをするだけで結局何も得られないなんて結果に終わる可能性だってあります。

入学後のことも考えて、自分の身の丈にあった大学を選ぶことも選択肢に入れておいたほうがいいでしょう。

 

かなり長くなってしまいましたが、これで終わります。