18歳から人生が始まった

ゼロからアルゼンチン移住を目指すニート男の人生を現在進行形で実況します。自分らしく自然な姿で生きたい。

東京オリンピックでの言葉の壁は翻訳器の発達で乗り切れるか?

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2020年東京オリンピック開催が決まり、オリンピックムードも高まって来ました。

しかし、それと同時に様々な問題を抱えていることもまた事実です。

 

そのひとつに「言葉の壁」があります。

今この「言葉の壁」を乗り越えるために翻訳器がすごい勢いで開発が進められていますが、果たして翻訳器の発達で言葉の壁は乗り切れるのか?と僕は少し疑問に思う部分があります。

今回はそれについて僕の意見を書こうと思います。

【目次】

 

本当の意味での「コミュニケーション」が取れるかどうか

 

翻訳機でメジャーなものだとEasytalkとか、Pocketalkあたりが有名ですね。最近だとCMも流れています。

 

翻訳機を使うことによって、言葉が通じない人たちとコミュニケーションがとれることはいいと思いますが、ただ言葉を通じ合わせるだけでなく、人間的なコミュニケーションがとれるのかという点が少し自分の中で疑問なんですよね。

やっぱり言葉が通じない人とコミュニケーションを取れると楽しいですが、じゃあ実際に翻訳機を通して会話してみて、実際に楽しくて満足なコミュニケーションが出来るかどうかを考えていこうと思います。

 

毎回正しい言葉遣いを意識しなければならない

 

僕たちが日常会話をする時って言葉遣いや文法が結構適当なことが多いですよね。主語や目的語を省いたり、言葉のニュアンスで理解してもらったりして、要するに相手に伝われば問題ないって感じで会話してます。

でも、翻訳機を通すとなるとそういうわけにはいかないですよね。

会話をするたびに文法や発音を気にして、意識的に正しく言葉を使う必要があります。

例えば翻訳機に話している途中で文法ミスに気づいたら、操作を取り消してもう一度同じ内容のことを言うってなると面倒じゃないですか?

 

せっかく会話を楽しみたい人や仲良くなりたい人がいたとしても、スラングとかは翻訳しきれないだろうし、何となく壁を感じることになります。楽しめる会話に限界があるんですよね。

特に日本語なんてスラング多いですし、文法もかなり適当なので日本人同士で普段やっている会話みたいなことは翻訳機を通すと難しくなると思います。

これだとせっかく仲良くなりたいと思う人が見つかっても、言葉の壁を感じることになりますよね。それで結局中途半端にしか距離が縮まらないとか。

実際にもしこういう状況になったら、翻訳機って使えねーなって思うことになるでしょうね。

 

最初は会話が楽しく感じるかもしれないですがそれをずっと続けていくと、スラングなどが使えず、文法や発音も意識的に気をつけなければならず、いちいち翻訳機を媒介しないといけない会話が本当に楽しいのか疑問になってくるのではないでしょうか。人によっては毎回機械を通さなければならない会話はつまらないと感じる人も出てくるでしょう。

人間的なコミュニケーションをとりたいと思う人からすると、毎回翻訳機を通すのは煩わしく、結果的に満足のいかないことになるのではないでしょうか。

 

 翻訳機の精度はどうか

 

そもそも翻訳機の精度が高くないと、会話自体が成立しません。

上で紹介した翻訳機は精度は高いと言われているそうですが、例えば固有名詞は翻訳しきれるでしょうか。

有名なものなら翻訳できるかもしれませんが、その店にしかない料理名をタクシーで言う場合(~の店の〇〇っていう料理が美味しいよ。的な)、ご当地ゆるキャラ、妙に長い固有名詞など、翻訳しきれるか微妙なものが数多くあります。

さらに、固有名詞が誤訳され、全体として筋の通らない内容の文章になる可能性だってあります。そしたら表現を変えてまた一から機械に話しかける必要がありますよね。

ちゃんと訳に出てくれればいい心配ないですが、何回やっても誤訳として認識される場合はもうどうしようもないですよね。それってコミュニケーションが取れていると言い切れるでしょうか。

 

また、訳す文章量が多いとそれだけ誤訳が出る可能性も高くなります。これだと何かについて説明をしたい時に簡単な説明しかできなくなるなど、相手に伝えたいことを伝えきることができず、多少会話が不十分なものになってしまう可能性もあります。

 

 翻訳機は所詮機械である

 

コミュニケーションをとるのは人間同士ですが、そのためのツールとして翻訳機という「機械」が媒介することになります。

つまり、人間同士のコミュニケーションにおける言葉以外の部分が削ぎ落とされるんですね。 

 

例えば感情です。

人間的なコミュニケーションにおいて、感情は最も重要な役割を担っています。

そこに機械を媒介させると、どれだけ感情を込めても全て機械音、無感情で聞くことになりますよね。

僕たちは会話に込められた微妙なニュアンスや感情を汲み取ることによって、笑って楽しいと感じたり、悲しいと感じたりするはずです。

コミュニケーションとは、笑いや感情があって初めて人間的なものになるのではないでしょうか。

 

翻訳機は、あくまで言葉が通じない人達の会話をサポートするものであり、誰とでも楽しく会話できると保証されたものではないです。

最低限のコミュニケーションが出来るだけであって、翻訳機を通すことで楽しくコミュニケーションが取れるかどうかはまた別問題になるんですね。

そう考えると翻訳機を通せば誰とでも仲良くなれるというのは誤認なのかもしれないですね。

 

複数人での会話ができない

 

1対1で会話する時もあれば、複数人で会話する時もあります。

翻訳機において致命的な欠点は、複数人での会話ができないということです。必ず一人ずつ、順番を守って話をする必要があるんですね。

これだと、何人かで話すときに純粋につまらないです。先ほど言った感情を込めるタイミングなどをずらす必要がありますし、会話のテンポが遅すぎます。

 

また、使用言語が同時に3カ国語以上になると、かなり面倒です。

ある文章を別言語に翻訳したあと、翻訳機の設定を変えてまた別言語に翻訳しなければならないので、会話が円滑に進まないですし、もはやそこまでして話したい内容なんてそんなにないでしょう。

使用言語が増えるほど会話が面倒になり、次第に楽しくなくなってきます。これだと外国人と会話するために作られた翻訳機もその目的を果たせないことになり、まさに本末転倒です。

 

日本について知りたければ、その人の母語でネットで調べればいい

 

今まで説明してきたとおり、翻訳機には限界があります。

もし、実際にオリンピックで外国人が翻訳機を通した会話に辟易した場合、多くのことは最悪母語でネットで調べることもできます。

 

日本の文化はとてもユニークで、興味のある外国人もたくさんいると思われますが、わざわざ翻訳機を通して現地人に聞くのが面倒なら、母語でネットで調べれば情報なんていくらでも出てきますし、そうなると翻訳機を通してまで会話する必要もなくなってきますよね。

 

 やはり日本人は英語ができないと思われてしまう

 

 翻訳機を通して会話するのは別に悪いことではないですが、外国人からして日本人と話す度に毎回翻訳機を使われると、そんなに誰も英語が話せないのかと思われてしまうでしょう。

現在世界共通語は英語と言われていますが、僕の体感では英語ができればだいたいどの国の人ともコミュニケーションが取れます。成人前後くらいの年齢だと特に英語が通じやすいと思います。

 

 世界で一番通じやすい言語がおそらく英語なんですよね。でも日本人って英語ができる人がそこまで多くないじゃないですか。

 何か話す度に翻訳機を使う日本人を見て、外国人は「どんだけ英語話せないんだよ」と思わざるを得ないのではないでしょうか。

一番通じやすい英語が通じないとなると、外国人も疲れてしまうでしょう。

英語でちょっと簡単な会話とか質問をしたいと思ってもできないですからね。外国人はそれなりのストレスを感じることになると思います。

 

結論:難しい

 

翻訳機の発達によって、外国人とコミュニケーションが取れるようになるのはいいことですが、人間的で本質的なコミュニケーションをとるのは難しいのではないかと僕は思います。本気で会話を楽しむことはなかなか厳しそうですね。

文法的に全くミスがない、綺麗な言葉を伝えられるのはいいことですが、じゃあそれで本当に楽しい会話ができるかというと、そうとも限りません。

言葉なんてちょっと適当で、自身の意図を相手の感覚で解釈してもらうくらいの方がユーモアがあって楽しいのではないでしょうか。

 

適当な言葉には、形式的な言葉にはない奥深さや面白さがあります。僕たちは普段それをフルに活用して楽しくコミュニケーションを取っているわけです。

適当な言葉だからこそ伝えられることもあるし、言葉だけでは相手に伝わらない感情なども相手に汲み取ってもらうことができます。

心から楽しいと思えるコミュニケーションを、機械である翻訳機を通して実現するのは難しいのではないでしょうか。